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<<   作成日時 : 2017/01/23 09:11   >>

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世の中は久しぶりの日本人横綱になるであろう稀勢の里の優勝で沸いているが、相撲と俺はほんの少し縁がある。

昨日かみさんと親戚の結婚についていろいろ話していたところ、とある人の存在を思い出した。

亡くなった父には弟が二人と妹が一人いたが、上の叔父は三回結婚している。

その娘も三回結婚していて、一度でさえ大変な結婚を三回ずつするなんてすごいな、とかみさんと朝日軒でやきめし食べながら話していた。

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叔母も二度結婚しており、その最初の結婚相手が引退したばかりの力士だった。

しこ名を「天津風」と言い、幕内にも数回上がった石川の郷土力士であった。

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叔母との間に男の子を一人作ったあと、性格の不一致で離婚。叔母は母子家庭となる。

結婚していたときは、夫婦で片町にちゃんこ料理屋「天津風」を経営しており、そこで食べたちゃんこ鍋がかなり美味しかったことだけは覚えている。

金沢の新神田に居を構えており、妹たちとたまに泊まりに行った記憶がある。当時にしては大きなカラーテレビのあるうちであった。

俺の従兄弟に当たる息子は、父の血を引いたのか体が大きくなり、180センチ135キロぐらいの体格になったが、性格が温厚で、相撲とりになることはなかった。東京の大学を出て、俺が結婚した後に俺の住んでいたアパートに引っ越し、そこで数年暮らしていたようだ。

離婚後の天津風については、何の音沙汰もなく、行方不明という話も聞いていたので、昨日ネットで検索してみたら、けっこう衝撃の事実が出てきた。

まずは最初に出てきたのが、こんな画像。「艦隊これくしょん」のキャラが出てきてしまった。

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「石川、相撲、天津風」で検索し直したら、wikipediaに誰が載せたのか知らないが、彼の人生が出ていた。

離婚後は千葉のヤクルト本社でサラリーマンをやっていたらしい。

あの大きな体で小さなヤクルトを扱っていたとは、想像がつかない。

そのうち持病の糖尿病が悪化し、両脚を切断、帰郷して石川の羽咋市の介護施設で晩年を過ごし、3年ほど前に亡くなったとのこと。満75才であった。

叔母も昨年亡くなったので、ほぼ同じくらいの寿命だったようだ。

息子である従兄弟も数年前に糖尿を患い、危うく失明と両脚切断になるところだったので、やはり血は水よりはかなり濃いなあとしみじみと思ってしまった。


結婚当時は相撲取りらしい豪快なエピソードをいくつか聞かされたことがある。

ボウリング場でボールを3レーン向こうまで飛ばし、叱られたとか、

片町で酔って歩いていたらタクシーに跳ねられ、ボンネットに乗りあげてから車の後方に落ちて倒れたのだが、腰だけさすって立ちあがって帰ったとか、そんな話を聞いて、子供心に相撲取りは超人なんだなあと感動した記憶がある。

耳は格闘技家だけあって、しっかりと潰れており、カリフラワーのようになっていた。

あの耳でよく人の話が聞こえるものだと、これも子供心に感心していた。

明るく大きな声で笑う人で、俺は好感を抱いていたのだが、短気な叔母はいつも彼ののんびりした態度にイライラしていたようだった。

相撲をテレビで見るたびに、彼の作ったちゃんこの匂いをほんのりと思い出す。

俺と相撲との関わりはこんな形で子供時代に存在したのであった。

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