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zoom RSS すれ違った人たち

<<   作成日時 : 2016/03/31 11:14   >>

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56年も生きていると、いろんな人に出会うことになる。

もう会うことはないだろうが、確実にある時期一緒に過ごした人のことを思い出すと、何か不思議な気持ちになる。

24ぐらいのときに、大学の受験教材を売る仕事をしばらくやっていた。

フルコミッションという給与形態で、売った分だけ給料が増える。

毎月100万以上稼ぐこともできる仕事なので、あちこちでやらかしてしまった人たちが自然と集まってきた。


潰れかけた組を再建するために来ていたイナバさんは、普段はおとなしいが、キレると半端なかった。

一度、温泉旅行で、彼のバスタオルを使ってしまい、ボコボコにされたことがあった。

無抵抗であんなやられたことはいまだかつてない。


ヤベさんは人身事故の賠償金を支払うために来ていた。ひょうきんで女好きな方で、毎晩飲みに連れて行ってもらった記憶がある。

入ってきたばかりの女性社員は大抵彼にやられていた。


オオタケさんは、ケイシー高峰そっくりで、いくつも会社を潰して、ここに辿り着いた。

数回結婚しており、一番新しい奥さんはフィリピン人で、ポラロイドで撮った彼女のヌード写真を財布に入れており、会う人ごとに、「どうだ、いい女だろ?」と見せびらかすのがクセだった。


タマキさんはこんな場所にはふさわしくない慶應出のエリートだった。

自分の会社を作るための資本金を稼ぎに来ていたようだ。彼の品のいい笑顔に癒されることも多かった。


イトウさんは、建築会社の跡取りで、やはりつぶれかけた会社の再建のために来ていた。

ぞっとするほどの美人と言う言葉があるが、彼はぞっとするほどのハンサムであった。

いつも細身のスーツを着こなし、髪も乱れることなく、きちんと整えられていた。

口の端にナイフで切れられたような跡があり、それがまた凄みを増していた。

彼の提案で新宿区の早朝野球リーグに参加することになり、朝の6時くらいから軟式野球に行った記憶がある。

画像


細身の彼は、ものすごく速い球を投げ、相手の歌舞伎町のバーチームをきりきり舞いさせていた。

歌舞伎町チームには応援で夜勤明けのホステスさんがいっぱい来ており、羨ましく思った記憶がある。

この会社を辞めたあと、イトウさんは塾を作ることになり、そこを少し手伝わさせてもらったこともある。

思えば、この業界に入るきっかけを作ってくれたのが、イトウさんなのかもしれない。


こんなユニークな人たちと過ごした期間は一年足らずだったが、社会にはいろんな人がいることを知った。

もう二度と会うこともない人たち。どこかでまた飲んでみたい気もする。


今日はこれからアイリスでクイズと料理の合宿。

そろそろ準備しなきゃ。

そんじゃまた。




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