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zoom RSS 俺を弔う

<<   作成日時 : 2015/04/22 14:02   >>

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今日は友人の父上の葬儀に参列してきた。

友人は、しっかりとした口調で立派な挨拶を述べ、喪主としての役割をきちんとはたしていた。

友人の奥様は泣きはらした赤い目をしており、喪服の黒がその美しさをひきたてていた。


懐かしい顔ぶれにも会った。

18年ほど前に勤めていた会社の事務の女性で、「この年になると、全てが落ちていくだけやわ。」と嘆いていた。

「俺もずっと低空飛行続けてますよ。」と言うと、「久保田さんの低空は、普通の人よりずっと高い位置やと思うよ。」と笑って切り返された。

確かにそうかもしれない。飛んでいる限りは地に足も着いてないし、前にも進んでいるし。


若い頃は葬式に出ると、自分の両親の葬儀のことを考え、暗い気持ちになることが多かった。

母が死んだら、気が狂うほど泣くのだろうと思い、案の定、そのときは死ぬほど泣いた。

しかし、もう二人の葬儀も終えた今、頭を横切るのは己の葬儀ことばかり。

娘たちにも言ってあるのだが、しんみりした式はいやだ。坊さんも呼ばないで欲しい。

ジャズバンドか何か呼んで、明るいパーティで送ってもらいたい。

会場には俺が乗っていたバイクや釣り具、愛用していたアロハシャツなどが置いてあり、みんなで俺についてのバカ話を繰り広げてもらいたいものだ。

元教え子の女子たちは、棺にすがって号泣するだろうが、あんまり激しく泣くと、過去の関係を怪しまれるので、そこそこにしておいてもらいたい。(笑)

男子生徒たちには逞しくなった腕で、交互に棺を担いでもらいたい。

ああ、これは「初恋のきた道」の影響だろうな。

画像



俺がこの世にいるから幸せだと思う人は、きっとかなりの数いるであろう。

俺がいて嫌な思いをしている人の100倍はいると勝手に思い込んでいる。

さしづめ、山代の塾長のひとりは気に入らない思っているだろうなあ。それぐらいしか思い浮かばない。


死は平等に人に訪れる。

だからこそ生きてきた証を手に入れたいと誰しも思うようだ。

俺の証はなんだろう。楽しく生きたってことか。釣った魚の数か。行った国の数か。書いたブログの量か。


とにかく今朝は神妙な心持ちで人生を考えた俺であった。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
女子がすがりつくの一文めっちゃくちゃ笑いました(笑)
私も関係疑われちゃうかも(>_<)

最近私は旦那様と延命治療について話し合いました。死はいつ訪れるかわかりませんから、葬式の話しなんかも大事ですよね。
なしめぐ
2015/04/24 12:22
なしめぐちゃんもそんなに泣いてくれるんだね。ありがとう。

棺の周りは涙の海だな。
くぼごん
2015/04/24 16:44

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